不愉快なインスタグラムの「著作権」

ヘルプセンターの「著作権」
インスタグラム(Instagram)のヘルプセンターには、「著作権」のページが用意されています。

ヘルプセンターの記事は、日本語とドイツ語のページを見る限り、英語による原文を各種言語に翻訳したものだと考えられます(同サービスの「利用規約」には「本利用規約は英語(米国)で書かれたものです。本規約の翻訳版と英語版に相違がある場合は、英語版が優先されるものとします」という明文があります。)。

ヘルプセンターには法的な内容が多く含まれていますが、英語版の翻訳で大丈夫なのでしょうか?
それについて少し検討してみましょう。

ヘルプセンターの「著作権とは何ですか。何を保護するものですか。」という欄には「一般に、名前、タイトル、スローガン、短い語句などは、著作権保護の対象になるに足るオリジナリティを有するとは考えられません」という記述があります。

米国著作権法には、名前、タイトル、スローガン、短い語句(以下、「タイトル等」と略します。)を著作物から排除する旨の規定は存在しませんが、これらが著作物に当たらないという考え方は、実務上、確立されています(※)。
※ 37 C.F.R §202.1 及び COPYRIGHT OFFICE COMPENDIUM Ⅱ §202.02(i)参照。例えば、後者には "Words and short phrases such as names, titles, and slogans are not copyrightable. "とあります。他に、William S.strong, The Copyrightt Book(p.17,MIT Press,2014)等。

ですから、当然といえば当然ですが、ヘルプセンターの記載は米国の情報としては正確なものです。

日本の事情
ところが、日本でのタイトル等の捉え方は米国のそれとはかなり異なります。
簡単に検討してみましょう。

なお、日本の著作権法においても、タイトル等の保護についての規定は存在しません。


✦ 名前

人名や商品名等は著作物にはならないと考えられています。



✦ タイトル

タイトルの典型である書籍の題号について見ると、題号は著作物に当たらないという考えが一般的です(※)。
※ 半田正夫「著作権法概説〔第16版〕」87頁、TMI総合法律事務所「著作権の法律相談Ⅰ」(青林書院,2016年)48頁、渋谷達紀「著作権法」(中央経済社,2013)15頁、高林龍「標準著作権法」(有斐閣,2016年)23頁、等。

しかし、近年は、書籍の題号であることを理由に著作物性を否定するのは妥当ではなく、個別具体的に著作物の定義(著作権法2条1項1号)に当てはめて著作物性を判断すべきという見解も有力になっています(※)。
※中山信弘「著作権法〔第2版〕」(有斐閣,2014年)86〜87頁、岡村久道「著作権法〔第3版〕」(民事法研究会,2014年)42頁、等。

例えば、AKB48の楽曲のタイトルに『鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの』(秋元康作詞・織田哲郎作曲)というものがありますが、これくらいになると下のスローガンとの兼ね合いで著作物に該当しないという方が難しいかもしれません。



✦ スローガン

東京地判平成13年5月30日(交通標語事件)では、「ボク安心 ママの膝(ひざ)よりチャイルドシート」という交通標語の著作物性を肯定しています(控訴審では、著作物性について明確な判断はなされていません。)。
一方、知財高裁平成27年11月10日(英語教材キャッチフレーズ事件)では「音楽を聞くように英語を聞き流すだけ/英語がどんどん好きになる」などのキャッチフレーズの著作物性が否定されています。

結局のところ、著作権法2条1項1号の著作物の定義に合致するかどうかで判断する他なく、スローガンの類いのものだからといって一律に著作物性が否定されるものではないというのが、現在の一般的な見解であると考えられます。



✦ 短い語句

俳句が著作物たり得ることについて、異論はほとんど聞かれません。

インスタグラムが「短い語句(short phrases)」という語で、どれくらいの長さのものを想定しているのかはわかりませんが、「短い語句」という言葉を聞いて俳句や川柳を含めて考える人は少なからずいると思われます。

短詩は文学
上記の検討から、日本の著作権法では、スローガンや短い語句でも著作物性を認められることが十分に考えられ、題号についても著作物性が否定されるとは限らない、ということがわかりました。

日本では、古来より短歌(和歌)や俳句、都々逸、川柳等の短詩が文学上で重要な位置を占めています。
このような短詩では、きわめて短い言葉の中にも深い精神性が込められ、十数〜数十音の言葉の中に豊かな個性が表現されていることが広く理解されています。
また、たいてい義務教育の中で短歌・俳句の創作を経験することにより、単なる日常会話の短文とは異なるクリエイティブな世界がそこに広がっているという皮膚感覚を多くの人が有しています。

ですから、俳句等が著作物に当たらないという見解は成立し難いのです。

この短い文章に対する皮膚感覚そして愛着が、スローガンや題号に関しても著作物性を有し得るという見解の根底にあるのだと思われます。

以上から、「一般に、名前、タイトル、スローガン、短い語句などは、著作権保護の対象になるに足るオリジナリティを有するとは考えられません」というヘルプセンターの記述は日本では適切でないことがわかりました。

その他にも、インスタグラムのヘルプセンターは米国の法律や慣習等を基準にして書かれているため、日本では通用しない内容が散見されます(※)。
※著作権の基本条約ともいえるベルヌ条約では「保護の範囲及び著作者の権利を保全するため著作者に保障される救済の方法は、この条約の規定によるほか、専ら、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる」とされていますが(5条(2)第3文)、インターネット上のコンテンツに関しては、どの国の法律が適用されるか難しい問題があります。

他地域の情報は皆無
もちろん、ヘルプセンターでは「国ごとに法律が異なる場合があります。著作権法について詳しくは、米国著作権局や世界知的所有権機関(WIPO)のウェブサイトをご覧ください」という記載で、予防線が張られています。

しかし、著作権法の知識を十分に有した人でなければ、どの記載がその国で通用しない内容なのか判断することは困難です。

さらに、米国著作権局やWIPOのサイトで得ることができる日本の著作権の情報は限定されており、それらのサイトのコンテンツを使いこなすには、少なくとも英語のスキルが必要になることは言うまでもありません。

日本で通用しない内容を掲載して誤解を生じさせるくらいだったら、文化庁へのリンクだけ置いておく方が、よほど間違いは起きにくいでしょう。

不愉快なヘルプセンター
米国法の内容をそのまま翻訳しただけのヘルプセンターを公開するインスタグラム社の態度に不快感を覚えずにはいられません。あたかも米国の常識が世界の常識であるというような振る舞いであり、他地域の文化を軽視しているようだからです。

インスタグラム社にそのつもりはないとは思いますが、米国の情報をわざわざ他地域向けに翻訳して掲載するのが、おためごかしじみていて余計に腹立たしいのです。

最善の策は、各地域で専門知識を持つ弁護士等の協力を得て、その地域に適応したヘルプセンターを作成することですが、それが厳しいようだったら、先に述べたように管轄当局(日本では文化庁)のリンクサイトだけ作っておいてもらえれば、有用な情報となるでしょう。

そのような情報を掲載した上で、米国の著作権の情報が翻訳して載せるられているなら、ありがたさこそ感じはすれ、いらだちを覚えることはないでしょう。
そこに「どのようなものが著作権保護の対象となるか、あるいは著作権の効力が及ぶ範囲などは国ごとにより異なります。以下の記載は米国著作権法に基づくものですので、あくまでも参考程度にご利用下さい。」といった記述があれば、気持ちよくサービスを利用できます。



悪口のようなことをいろいろ書いてしまいましたが、別に米国やインスタグラムが嫌いというわけではありません。
各国・各地域にはそれぞれの法制や文化が存在するのに、それに無頓着なままで、サービスを展開し、利益を得ていることにイラッとするのです。

粗雑な愚痴に最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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