もちろん現在では「写メ」の語が誕生した当初の意味ではあまり使われておらず、スマホやガラケーで写真を撮影することやその写真を指すように変わってきているのは、よくご存知かと思います。
というわけで、本稿で「写メ」という場合には、スマホ等で写真を撮影する行為を意味することとしますので、ご注意下さい。
図書館のシャッター音
公共の図書館を利用していると、よく「カシャッ」という音を耳にします。写メを撮る際の(疑似)シャッター音で間違いないなのですが、その被写体の大半は図書館の資料だと考えられます。
そこまで堂々と撮影するということは、悪いことをしている意識が本人にはないのでしょう。
たぶん・・・。
その一方で、世の中の人の大半は、図書館での写メを何かいけないことのように感じている様子がうかがえます。
はたして図書館の資料を写メするのは悪いことなのでしょうか?それとも、問題ない行為なのでしょうか?
今回はこの問題について考えてみたいと思います。
写メで撮るのは「複製」
最大のポイントは、資料の写メが著作権侵害に当たるかどうか、だと考えられます。侵害に当たるかどうかを多くの人に直感で判断してもらったら、回答はかなり割れるような気がします。
著作権侵害に当たるかどうか、まずその大前提として、写メの対象が著作権の対象でない場合には、写メが侵害とならないのは当然の話です。
著作権の対象でないパターンにはいくつかありますが、図書館で一番多いのは、著作権の存続期間が満了している(著作権が切れている)場合でしょう。
例えば、明治初期に出版された書籍などは著作権が切れている場合が普通でしょう。
こういった資料を写メで撮っても著作権法上の問題はないことになります。
そもそも問題とならないことを検討しても仕方ありませんので、以降では、写メの撮影対象に著作権があることを前提として話を進めます。
さて、写メで書籍等の資料を撮影する行為は、著作権法の「複製」に該当します。
「複製」は英語で言えば"copy"です。
一般的な感覚では、撮影することを複製=コピーと呼ぶのは少し違和感がありますが、著作権法2条1項15号で「複製」を「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」と定義していて、スマホ等で撮影・保存する行為が「有形的に再製」すなわち「複製」に該当することに異論を唱える者はありません。
ですから、図書館の資料の写メは、著作権の一つである「複製権」の侵害に当たる可能性があることになります。
著作権法31条は無関係
これで、図書館資料を写メで撮るのは複製権の侵害に当たるため悪いことだね、という結論となれば話は早いです。しかし、そう簡単には終わりません。
著作権法には、著作権が存続していても、著作権者に許諾を得ることなく利用できる場合が数多く規定されており、それらのどれかに該当するかどうか検討する必要があるのです。
まず、目が向くのが著作権法31条の「図書館等における複製等」という規定です。
31条では、許諾なく複製できる場合が、(細かく分ければ)1項1号〜3号、2項、3項という5つの類型で規定されています。
ここでは、もっとも関係しそうな1項1号だけを検討します。
第31条(図書館等における複製等)
国立国会図書館及び図書、記録その他の資料を公衆の利用に供することを目的とする図書館その他の施設で政令で定めるもの(以下この項及び第三項において「図書館等」という。)においては、次に掲げる場合には、その営利を目的としない事業として、図書館等の図書、記録その他の資料(以下この条において「図書館資料」という。)を用いて著作物を複製することができる。
一 図書館等の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表された著作物の一部分(発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個々の著作物にあつては、その全部。第三項において同じ。)の複製物を一人につき一部提供する場合
ですから、ポイントだけ簡単に見ていきます。
この規定では「著作物を複製できる」のが誰かというのが少しわかりにくいのですが、しっかり読めば「図書館等」以外には文章として意味が通じないことがわかります。
したがって、本人が図書館側(図書館職員等)と無関係に写メを撮る行為は、この規定には該当しないのです。
ちなみに、この規定が適用される典型的な場面は、公共図書館のコイン式コピー機でコピーを取るというものです。
「それだって、図書館側じゃなくて利用者がコピーしてるじゃん」とツッコミたくなりますが、公共図書館では野放しにコピーが許されているわけではなく、コピーする本の書名やその範囲を指定して申請をした上でなければコピーできなかったり、コピー機がカウンターのすぐそばに置かれることで館員の監視があったりと、無制限にコピーができないような工夫がされているはずです。
この状況を指して、図書館側が利用者を「手足として」と用いているという表現がよくなされます(※)。
※例えば、中山信弘「著作権法〔第2版〕」(有斐閣,2014年)314頁
つまり、コピーの主体はあくまでも図書館側であって、利用者はその手足に過ぎないから、著作権法31条の適用を受けてのコピー=複製に該当するという論法です。
こじつけという感じですが、この程度の技巧的解釈は法律の世界ではそれほど珍しくありませんので、そういうものなんだなと思っておいて下さい。
私的使用目的の複製か?
次に検討すべきは、著作権法30条に規定されている「私的使用のための複製」に該当するかどうかです。関係するのは、その1項の本文ですので、そこだけ引きます。
第30条(私的使用のための複製)
著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。
「その使用をする者が複製することができる」と規定されていますので、31条とは違い、図書館でいえば、複製できるのは来館者ということになります。
したがって、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」の使用目的であれば、著作権法的には図書館の資料を写メすることも認められそうです。
例えば、写メした画像を家でプリントアウトして自分や家族で読む行為は、明らかにその範囲内ですから、著作権法的には許されるということになりますし、もちろんその画像を電車の中で見ることも問題になりません。
しかし、その本の著者や出版者からすれば、たまったものではないでしょう。
デジタルカメラや携帯電話の場合は、大量に撮影することは余り考えられず、例えば料理本の1ページを写真にとるとか、新聞に載ったニュース記事などを撮影するような利用の仕方で、それほど、権利者の利益を侵すとまでは言えないようにも思えます。 黒澤節男「図書館と著作権〔改訂版〕」(著作権情報センター,2011年)29頁
コピー機でのコピーについては多少なりとも金銭的負担があるということが抑止機能となり得ますが、写メの方は無料で複製できるわけですから歯止めがかかりにくいという点も見落としてはなりません。
管理権で阻止できる
こうして著作権法的には図書館での写メに問題はなさそうです。しかし、世界は著作権法を中心に回っているわけではありません。
図書館の方針として、館内での携帯・スマホによる撮影は認めないとするのであれば、それは、図書館を正常に使用するという図書館側の占有権、施設管理権が根拠になるでしょう。 黒澤節男「Q&Aで学ぶ図書館の著作権基礎知識〔第4版〕」(太田出版,2017年)
ここで、図書館からちょっとだけ離れます。
図書館での写メと似た行為として書店で販売されている書籍を写メする行為が考えられますが、これは「デジタル万引き」などと呼ばれます。
このデジタル万引きについては、以下のように言われています。
書店としては場所を占有管理する権限に基づいて、店内においてお客さんがカメラ付き携帯電話で・・・撮影する行為を禁止することができると思われます。 早稲田祐美子「そこが知りたい著作権Q&A100」(著作権情報センター,2011年)
これに従わないで書店に入店するお客さんは。民法上は契約違反、刑法上は住居侵入罪(刑法130条)に該当することになります。
しかし、少くとも、禁止事項の一つとして図書館内での写メ行為が提示されていれば、図書館側がその行為を注意して止めさせることは可能であると考えられます。
実際に多くの公共図書館では、館内での無断撮影は禁じられています(※)。
※例えば、国立国会図書館HP「来館される方へのお願い」では、「館内は撮影禁止です。(資料の撮影も禁止です。)携帯電話・PHSのカメラ機能、録画・録音機能、ラジオ機能は使用しないでください。」と案内されています。
以上の検討から、「図書館の資料を写メすることは悪いことなのか?」という問いに対する答えは、
図書館の施設管理権を侵している可能性が高く、注意されても仕方のない行為だ。
というものになりそうです。
善悪の基準は人それぞれですので、ここではあえて述べませんが、上記の検討内容を知っておいて損はないと思います。
何かがおかしい・・・
さて、どれくらいの割合の公共図書館が写メを禁止しているのかはわかりませんが、たとえほぼ全ての公共図書館が写メを禁止していたとしても、どうにも腑に落ちません。私は出版社の利益を主張する立場にはないので、どうでもいいと言えばどうでもいいのですが、制度としてあまりにもバランスに欠けているとしか考えられないので、意見じみたことを最後に少し述べておきたいと思います。
まず、図書館には写メを禁止するかどうかの決定権があるのに、著作権者等が関与する余地がないのは疑問であるという点です。
「図書館が、その管理権に基づき禁止するか否かは、各設置者の判断による」(※)とされているように、写メを禁止するかどうかは図書館の裁量です。そこで問題になるのが、図書館としては、別に写メで資料を撮られたところで何ら損害を被るわけではないし、むしろコピー機を使うより写メしてもらう方が手間も減価償却費もかからないため得するという見方さえできるということです。
※作花文雄「著作権法 制度と政策〔第3版〕」(発明協会,2008年)216頁
書店で行われる「デジタル万引き」については、それによって書店には逸失利益が発生する可能性が高いため、書店は禁止する強い動機を有しています。
また、書店で書籍が売れるかどうかは著者や出版社の利益に直結しますので、権利者と書店とは、デジタル万引きに関して利害を共通にしていると言えるでしょう。
ここで図書館と書店それぞれにおける写メ行為を比較してみましょう。
書店の場合は、権利者と利害関係を共にする書店が権限を有していることにより、間接的ではあるにせよ権利者の利益を守ろうという力が存在していることになります。
一方、図書館の場合は、権利者に何の権限もないどころか、上述のとおり、図書館側が利用者を写メ行為に誘導する可能性も否定できないのです。
また、図書館と書店のどちらが写メをするハードルが低いかといえば、物理的にも心理的にも圧倒的に前者でしょう。
こうして色々な面から考えてみると、書店よりも図書館の方が権利者の利益喪失の機会が多いように思われます。
それにもかかわらず、図書館での写メ行為に権利者が一切介在できないというのが何とも奇異に思えてならないのです。
さらに言えば、著作権法31条で認められる複写(コピー機でのコピー)と写メとのアンバランスもかなりのものです。
31条については「図書館機能と著作者の利益の保護との調和を考えて、弾力的な解釈運用が求められる」(※)とされており、そこでは権利者の利益を考慮する考え方が普通に受け入れられています。
※作花文雄「詳解 著作権法〔第4版〕」(ぎょうせい,2010年)331頁。これを「極めて妥当な説」とするものに、中山・前掲書313頁。
しかし、著作権法上何ら規定がない写メについては、図書館の資料の複製という31条と本質的に差のない行為であるにもかかわらず、そこにあるのは図書館の裁量だけであって、権利者の利益を考慮する場さえないのです。
首を傾げたくなりませんか?
他にも、映画の著作物が「映画の盗撮の防止に関する法律(映画盗撮防止法」で保護されていること等とも比較したいところですが、あまり言うと著作権拡大論者ではないかと誤解されるので、この辺りでやめておきます(笑)
ではでは。
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