現行刑法制定当時の考え
○法学士平沼騏一郎氏所説○帝国外の犯罪に刑法を適用するの範囲
「改正刑法は第一条乃至第4条に於て刑法の土地に関する効力範囲を定めたのであって、原則としては勿論帝国外に於ける犯罪には此刑法を適用しないことに為っている。けれ共第二条第三条第四条に列記した犯罪項目が少なく無いから結局此刑法を帝国外の犯罪に適用する範囲は余程拡張されて居るのである。之を掻摘んで説明すれば帝国に対する犯罪並に帝国臣民に対する犯罪中多くは我邦家の利益を保護する必要上帝国外に於て行はれたる犯罪を処罰することにしたのである。又帝国外に於ける日本人の犯罪には第三条第四条の規定に拠り随分広く此刑法を適用することにされて居る。之は日本人であるからとの理由よりして軽微でない犯罪には総て内国の法律を追従すると云う趣旨に出でて斯く規定したのである。今之を各国の法制に比較して見れば或は内国人の重罪又は軽罪には本国の刑法を追従するという仏蘭西の法制もあるし、又所謂属地主義を原則として特別の場合には内国の利益を保護するために特殊の犯罪を罰すると曰う主義を採て居る法制もあるが、畢竟之等の法制に比して我改正刑法は頗る其の範囲を拡張されたものと云ふて克からふ。」
・著作権切れのため全文転載可
・最後「克からふ」は「よかろう」
・平沼騏一郎はもちろん後に内閣総理大臣になる平沼
・3条は「日本人であるからとの理由よりして軽微でない犯罪には総て内国の法律を追従すると云う趣旨」ということだが、これだけではいまいち腑に落ちない。
・明治40年の現行刑法制定当時の資料をさらに調べる必要があるが、簡単ではないと思われる⇨宿題
・ただし、「刑法施行法義解」以外の刑法施行法制定当時の資料は早急に探す必要がある。
現在の考え方
大谷によると、属人主義の趣旨としては3説ある。
①国家忠誠説 = 日本国民である限り外国においても日本の刑法を守るべきである
②代理処罰説 = 外国で処罰されるべき行為をその外国に代わって自国でこれを処罰する
③社会秩序維持説 = 属人主義が採られているような罪を放置しておいたのでは、わが国内の社会秩序が乱れるところから、わが国の社会秩序維持の必要上これを処罰する
・上記、平沼の説明は①説であろう。
平野は、国家固有の刑事権に基づくものであるとしている。さらに、このような違反者が、帰国して放置されると、同様の犯罪を繰り返すおそれがあることから、それを予防する予備的理由もあるとする(平野龍一「刑法総論Ⅱ(有斐閣,昭和50年)437頁)。
・②説 西田典之「刑法総論〔第2版〕(弘文堂,平成22年)436頁、西田=山口=佐伯編「注釈刑法 第1巻」(有斐閣,平成22年)39頁〔高山佳菜奈子〕
・③説 大谷
上記平野の予防の観点は③説に近いか?
・そこそこ古い「新訂刑法講義 総論〔再版〕」(小野清一郎,有斐閣、昭和24年)は、①説を採りながらも、②説の意味も有するとしている(73頁)。
②代理処罰説を採る場合は、理論的に行為地法で処罰される犯罪にしか適用がないことになる(前田雅英「刑法総論講義〔第6版〕)東京大学出版,2015年)
⇨批判:代理処罰説を規定するドイツ刑法7条2項のような条文がなく、代理処罰説を主張する論者が増えているにしても立法論にほかならない(大谷514頁)。
※ちなみに、大谷は、平野や山中を行為地法で処罰される犯罪でなくとも適用があるとする考え方の反対説として挙げるが、むしろこれらでは大谷と同様の見解が述べられており、謎である。
著作権法上の罪に属人主義が採られていることから見ると…
著作権法の立場からすれば、②代理処罰説を採るのは理論的にまず不可能(∵著作権は各国で別個の権利)
・パターンα(A国・日本の両国で保護される著作物の著作権侵害)⇨どの説を採っても日本で処罰可
・パターンβ(A国では無保護・日本だけで保護される著作物の侵害)⇨①③説では日本で処罰可、②説では処罰不可
・パターンγ(A国では保護・日本では無保護の著作物を侵害)⇨①③説では日本では処罰不可、②説では理論的にはA国の法律を犯したのだから、日本で代理処罰されるべき。しかし、なにゆえ他国だけの権利を侵害により日本で処罰されなければならないのか、納得できる説明ができるとは思えない。(ちなみに、加戸〔6訂新版〕813頁では、明らかに日本で保護される著作物の著作権を問題にしている。)
とりあえずのまとめ
素人考えだが、②代理処罰説は、現行刑法の説明としては無理がありすぎる。欧州諸国のように、行為地法で処罰されるという規定があって、はじめて理論的に成立するはず。
①国家忠誠説が国家主義的な説であるとの反省から、無理筋の②代理処罰説が浮上したのでは?
しかし「国民は国外にあっても自国法に忠実であるべきであるということを、直ちに前近代的、あるいは非民主主義的な国家主義と結び付けることが妥当であるかは考慮の余地があろう」(大塚等「大コンメンタール刑法〔第3版〕(青林書院,2015年)94頁〔古田佑紀=渡辺咲子〕)。
その点、②代理処罰説を採らず、また①国家主義的な色彩を薄めた、③社会秩序維持説は巧みに感じられる。
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