「なお」と「ちなみに」の違いは? 戦略の接続詞(6)

「戦略の接続詞」では、文章作成における効果的な接続詞の使い方について考えます。

主なターゲットとして、論理性が要求される文章、例えば論文やオフィシャルな案内文等を想定していますが、その他の種類の文章(小説、エッセイ、レポート、社内文書等)にもきっと役立つ内容だと思いますので、是非ご一読下さい。



今回は「なお」「ちなみに」を中心に見ていきます。


取り扱う主な接続語

なお・ちなみに


補足の接続詞
「なお」「ちなみに」は、中心となる内容を述べた後に、それに関連する事項を補足するときに用いられる接続詞です。
これらを「補足の接続詞」のカテゴリーに分類することとします。

同じカテゴリーに分類したものの、これらが交換可能であることはそれほどなく、多くの場合は使い分けが必要となります。
ですから、戦略うんぬんよりも、まずは正しく使い分けることが肝要となります。

「ちなみに」が狭い意味でしか用いられないシンプルな接続詞であるのに対して、「なお」は多義的で懐の深い接続詞です。

まずはシンプルな「ちなみに」の方から検討していきましょう。
「ちなみに」
「ちなみに」は本論が一段落したところで、その中では言及する必要はなかったけれども、受け手に伝えたい事項がある場合に用いられます
ですから、本来だったら本論で述べておくべきことを「そうそう、大事なこと言い忘れてた」といった感じで補充する場合には使うことはできません。

そこまで極端な間違いはほとんどないでしょうが、次のような誤用は時々見られます。

当店は平日も休まず営業いたします。ちなみに5月31日は設備点検のため臨時休業とさせて頂きます。

この文章の本論は言うまでもなく営業日の告知です。
ですから、5月31日が休業というのも本論の中に含まれるべき内容です。
したがって、この内容で「ちなみに」を使うのは誤りです。

「ちなみに」の代わりに「なお」か「ただし」を使うと、きちんとした文章となります。

面白いのは、会話においては「ちなみに」が裏の顔を持つという点です。

「へえ、お姉さん結婚したんだ。ちなみに、今日の夜って何か予定ある?」
「それでは、後ほど見積書をメールで送りますのでご確認お願いします。ちなみになんですけど、最近A社から営業来たりします?」

これらは、それまでの内容を補足しているわけではないので、文章語だとしたら誤用ともいえるのですが、日常会話では当たり前のように使われます。
野暮なことを言えば「『ところで』を使えよ」という話になるのですが、「ちなみに」を使いたくなる気持ちもよくわかります。

ここでは、あえて考察しませんが、その理由を考えてみると、人間の会話の奥深さが垣間見えるようでなかなか興味深いと思います。

「なお」
「なお」は「ちなみに」とは異なり、補足的な事項とはいっても、それまでの流れでは言及しきれなかったことを述べる場合に用いられます。
「ちなみに」の後には傍論が続くのに対して、「なお」の後にくるのはあくまでも本論の一部であることが多いです。

上の営業日の例では「ちなみに」の代わりに「なお」を使えばよかったということでしたが、そこでは、例外事項を示すのが「なお」の機能です。
他の機能での「なお」の使用例を見てみましょう。

なお、本稿を作成するにあたり、本学部原口泉教授より、種々の教示を得たことをここに記す。

高津孝「博物学と書物の東アジア」(榕樹書林,2010)117頁

この「なお」を「ちなみに」に置き換えると、どこかぞんざいな印象を与えます。ぞんざいというよりも上から目線という方がピッタリかもしれません。
ここで「なお」を使うのは、本論では具体的には触れられないけれど、全般的にアドバイスを頂いたということを表現するためであり、「ちなみに」では「まぁ触れとくか」といった感じが出てしまいます。

別の例を見てみましょう。

スプリンクラーの誤作動が止まり、プレーが再開されるまでには約2分間を要した。このロス分はアディショナルタイムに追加される措置が執られたが、文字通り試合に「水を差す」珍事となった。
なお、試合は0-0の引き分けに終わっている。

GOAL「試合中にスプリンクラーが暴走し一時中断、熱戦に“水を差す”珍事…岐阜vs徳島戦で

本例の「なお」は「ちなみに」と置き換えても全く違和感がありません。
記事の内容は「岐阜vs徳島戦でスプリンクラーが誤作動した」というものであり、「岐阜vs徳島戦」という部分を見れば、0-0の試合結果は直接的な補足事項であり「なお」の方が適当であるといえますし、「スプリンクラーが誤作動した」という部分を見れば話の本筋ではないので「ちなみに」の方が適当であるともいえます。

このように「なお」の使用範囲には幅があるため、例外の接続詞である「ただし」や、同じ補足の接続詞でも少し毛色の違う「ちなみに」と交錯することがあります
戦略的な使い分け
使用場面が重なる「なお」と「ただし」「ちなみに」の使い分けは、修辞的効果にもそれほど差がなさそうであるため、どちらでもよさそうな気もします。
実際にそれで問題ないともいえますが、いちおう指針を示しておきたいと思います。

まず、「なお」と「ただし」が競合するときは「ただし」を優先した方がよい場合が多いと考えられます。
「ちなみに」の機能は、それまでの流れでは言及し切れなかったことを述べると説明しましたが、どこか「つけたし」といった感があるのは否定できません。
ですから、例外事項を述べたいときには、「ただし」の方が堂々としていて気持ちよく響きます
そもそも「なお」が例外の接続詞のような機能を果たすのは、補足している内容が例外事項だからであり、例外を示すことが主要な機能である「ただし」よりも明解さに欠けるのかもしれません。

困るのは「なお」と「ちなみに」が競合する場合です。

この場合はこちらという基準が見つからないというのが正直なところです。
それまでの記載の中で本質的に伝えたい内容が何であるかを検討して、「なお/ちなみに」の後に記述しようとしていることが、その本質的内容と関係があれば「なお」を、そうでなければ「ちなみに」を使うべきでしょう。

とはいえ、これはそれぞれの機能を考えれば当然のことであり、最後は自分の感覚を信じて下さいと言うより他はありません。(それぐらいになれば、どちらでも構わないという気もしますが・・・)

最後に一つ「ちなみに」に関する注意事項です。

それは、大学入試や資格試験等の論文や小論文では、「ちなみに」は使わない方が無難だということです。
試験の解答というものは、問われたことに対して答えるものであり、「ちなみに」という記述は、これから答える必要がないことを書きますと言っているのに等しいのです。
これは「余事記載」と呼ばれるものですが、余事記載自体は大した問題ではありません。
問題なのは「ちなみに」という語を使うことで、余計であることを自覚しながらそれを記載しようという姿勢が窺えるために読み手の心証を悪くするという点です。そこには「書いておけば得するかも」という打算が透けて見えるばかりです。

やや誇大な例を挙げれば、高校入試の数学の証明問題で、解答の最後に「ちなみに、非ユークリッド幾何学においては、上記の証明は成り立たない」と記載されていたら、答案用紙を丸めてゴミ箱に投げ捨てたい気分になるでしょう(笑)
それは言い過ぎだとしても、問いに対する解答での「ちなみに」は苛立ちの魔物を召喚することは覚えておいて損はないでしょう。
一方、それ以外の文章では、気の利いた「ちなみに」はむしろ歓迎の対象ですから、受け手に有益な情報であると思えば積極的に組み込みたいです。


最後は、接続詞とは関係のない内容面の話に逸れてしまいましたが。今回はこれで終わります。

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