「したがって」と「よって」の違いは? 戦略の接続詞(1)

「戦略の接続詞」では、文章作成における効果的な接続詞の使い方について考えます。

主なターゲットとして、論理性が要求される文章、例えば論文やオフィシャルな案内文等を想定していますが、その他の種類の文章(小説、エッセイ、レポート、社内文書等)にもきっと役立つ内容だと思いますので、是非ご一読下さい。



今回は「したがって」と「よって」を中心に見ていきます。


取り扱う主な接続語

したがって・よって・それゆえ・ゆえに・そのため・以上より・以上から・だからこそ


帰結の接続詞
「したがって」や「よって」は、それまでに述べたことを踏まえて結論を導く接続詞です。
「帰結の接続詞」や「因果の接続詞」あるいは「理由の接続詞」等と呼ばれますが、性質を最も的確に表現している「帰結の接続詞」という語を用いることにします。

論文について考えてみましょう。
論文の多くは、関心の対象である疑問点・論点・争点があって、それらの結論を導くために、根拠となる種々の事実や学説、論理等を挙げて検証が積み重ねられていきます。
そして、結論を導出するだけの材料が揃ったと著者が判断すれば、論証が「帰結」されるのです。

そういった場面で使用されるのが、帰結の接続詞である「したがって」や「よって」ですから、論文のハイライトを演出する華々しい役を担っているといえます。

もちろん、最終的な結論を導くためには、その過程で種々の論証が積み重ねられるのが普通ですから、一本の論文の中で何度も「したがって」や「よって」が登場することも珍しくありません。

「したがって」「よって」の特徴
「したがって」と「よって」の違いを検討する前に、これらの接続詞の特徴・性質を確認しましょう。

日常会話で何か結論めいたものを言いたいとき、私達は「だから」や「それで」や「で」等を用い、「したがって」や「よって」を使うことは、かなり特殊なケースを除けば、まずありません。

一方、文章において「したがって」や「よって」が使われるのはごく普通であり、それも「堅い」文章であるほど、よく目にする接続詞です。

ですから、私達は「したがって」や「よって」という語に、どこか堅苦しく形式ばった印象を受けます。
しかし、面白いことに、この堅苦しさのために、「したがって」や「よって」を使用することによって、強い論理性の存在を演出することができるのです。
つまり、十分な証拠・論拠があるため、必然的に次のような結論になりますといったニュアンスをこれらの接続詞は含んでいるのです。

一方、「だから」や「それで」という語は、「したがって」や「よって」ほどは論理性が強くなく、ある程度、受け手に推測や想像を委ねる機能も有していると考えられます。
(「だから」や「それで」が多分に発し手の主観が含まれるのに対して、「したがって」や「よって」はできる限り客観的であることを表明している接続詞という説明も可能でしょう。)

1つ例を見てみましょう。

A.この村には、小学生が5人しかいない。だから、みんな仲がよい。
B.この村には、小学生が5人しかいない。したがって、みんな仲がよい。

Aでは、5人しかいないんだから、それぞれの交流が濃密だし、仲が悪かったら遊び友達もいなくなっちゃうから、そりゃ仲よくなるよね・・・とかいう想像が働くのではないでしょうか。
ちなみに「この村には、小学生が5人しかいないので、みんな仲がよい」とすると、さらに論理性が弱まります。

一方、Bでは、5人しかいないからといって、仲がいいとは限らないじゃん。人数が少なくても仲が悪い集団や、人数が多くても仲が良い集団なんていくらでもあるんだから・・・とツッコミをいれたくなります。

先に説明したように、「したがって」や「よって」は、強い論理性を予感させる語です。
ですから、証拠や論拠がしっかり揃っているときは、受け手に「なるほど」と思わせる強い力を持つ語になります。
しかし、逆に証拠・論拠が不十分なままに「したがって」や「よって」で結論を導いてしまうと、上の例でわかるとおり、受け手の不満や反感を呼ぶこととなってしまうことを胸に刻んでおきましょう。

「したがって」と「よって」の違い
さて、ようやく本題です。
「したがって」と「よって」の用法に違いはあるのでしょうか。

この2つの接続詞については、多くの人が同じような用い方をしますし、受け手も「したがって」と「よって」で印象を異にするということはあまりないでしょう。
ですから、「したがって」と「よって」の意味や用法に本質的な違いはなさそうです。

しかし、種々の論文や解説文等をざっと読んでみたところ、「よって」の方が「したがって」よりも使用頻度が少ない傾向が見てとれます。

もちろん統計的な手法で厳密な調査を行ったわけではありませんので、絶対という訳ではありませんが、かなりの差で「したがって」の方が「よって」よりも用いられる率が高いと感じます。(「したがって」よりも「よって」の方がさらに文章語化した接続詞であることの表れかもしれません。)

このことから、「よって」の方が「したがって」よりも、やや強い印象を与える効果があるといえます。
この効果を利用して、論文の最終的な結論や特に主張したい結論を導く場面で「よって」を用いると締まった文章になると考えられます。
実際、近時の最高裁の判決文を読んでみると、おおむね、中間的な結論では「したがって」が、大きな結論では「よって」が用いられる傾向が見て取れます。

「それゆえ」「ゆえに」「そのため」
「したがって」や「よって」と同様に、日常会話では用いられないものの、硬めの文章において広く使用される語に「それゆえ」「ゆえに」「そのため」があります。

「したがって」や「よって」と似ていますが、これらよりも「それゆえ」「ゆえに」「そのため」の方が直前の文章との結びつきが強い言葉であるといえます。
また、「したがって」や「よって」ほどの改まった感じはなく、もう少し軽く受け止められる言葉です。

ですから、「それゆえ」「ゆえに」「そのため」は直前の一文あるいは二、三の短文を受けた上で、結論を述べるのに適した語ということになります。
これらの接続語は、長々と積み上げてられた論証を受け止めるほどの力は持っていません。
ある程度長く検証してきたことについて、段落を変えて結論を述べたいときには、やはり「したがって」や「よって」を使いたいところです。

逆に言えば、同じ段落の中で軽めの結論に言及したいときなどには「ゆえに」「それゆえ」「そのため」は非常に使い勝手のよい言葉となります。

以下は実際の論文記事の一節です。

想定されたゲーム大会は、「顧客を誘引するための手段として」行われるものである。また、技術向上のために原則的に繰返しの有料でのゲームプレイが必要であり、有料ユーザーが、賞金(経済上の利益)を受けることが可能又は容易になるものである。そのため、照会者が当該大会において成績優秀者に提供する賞金は、「取引に付随」して提供する経済上の利益に当たる。
したがって、当該賞金は「景品類」に該当し、景表法の懸賞規制が適用される。

古川昌平「eスポーツ大会における賞金提供と景品規制」(ジュリスト1517号,2018年)41頁

専門的な内容ですので具体的な説明は省略しますが、「そのため」は、その直前の文章である「また、技術向上のために〜容易になるものである。」を受けて「『取引に付随』して提供する経済上の利益に当たる」という結論を導き、「したがって」は、「『顧客を誘引するための手段として』行わるものである」と「『取引に付随』して提供する経済上の利益に当たる」という2つの事項を受けて「『景品類』に該当し、景表法の懸賞規制が適用される」という大きな結論を導いているという構造が一見してわかると思います。

硬さ(重さ)は、「ゆえに」>「それゆえ」>「そのため」の順です。中間の「それゆえ」がオールラウンドに使える利便性を持っています。「それゆえ」を中心に考えて、形式や場面に応じて「ゆえに」や「そのため」を選ぶとよいでしょう。

「以上より」「以上から」
「それゆえ」等とは逆に、長い論証を受け止めることができるのが「以上より」「以上から」です。
「以上より」「以上から」は、「したがって」「よって」ほどには、論理の強さを予感させません。
そのためでしょうか、「以上より」「以上から」の語は、結論を導くこともできますし、それまでの内容をまとめることもできるという便利な性質を持っています。

ですから、長々と書いてきたことをとりあえず整理したい時は「以上より」か「以上から」を用いておけば、まず間違いありません。

以下は、最高裁の判決文の結末部分の引用です。

以上によれば、ベースステーションがあらかじめ設定された単一の機器宛てに送信する機能しか有しないことのみをもって自動公衆送信装置の該当性を否定し、被上告人による送信可能化権の侵害又は公衆送信権の侵害を認めなかった原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、論旨は理由がある。原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最判平成23年1月18日(まねきTV事件)

判決文では「以上によれば」という語を使われていますが、基本的には「以上より」と同じです。(ただし、「以上より」よりも若干形式的で論理性が強い印象を与えます。)
このように、長く論じてきたことを最後に「以上によれば」で締めて、さらに最終的な結論として「よって」で主文に導くという形は、いわば紋切り型で判決文では頻繁に用いられる形式です。

なお、この形式で「以上によれば」のところが「したがって」になっている判決文もよく目にします。(上述した「したがって」と「よって」の違いを思い出して下さい!)

「だからこそ」
使用できる機会はかなり限定されますが、インパクトの強い接続語として「だからこそ」があります
この「だからこそ」には2つの用法があると考えられます。

1つ目は、

君は口が固い。だからこそ、君に頼むんだ。

というように、帰結の条件となる事項が非常に重要であることを示す用法です。
面白いのは、このように言うとき、私達はおそらく「他の人には絶対に言うな」という強い要望を言外に伝えようとしていると考えられる点です。


しかし、さらに興味深いのは、2つ目の用法で、

ここ数年、税収は減少傾向にある。だからこそ、今年度は公共投資予算を増額すべきである。

という用法です。
税収が減っているだから、公共投資を減らして支出を抑えなければならないという結論になりそうなところを、それこそが逆の結論を導く理由になる、ということを示して、自説を展開するわけです。
この用法では、「ここ数年、税収は減少傾向にある。しかし、だからこそ、今年度は公共投資予算を増額すべきである。」というように、逆説の接続詞「しかし」を同時に用いて意味内容をはっきりさせることが多いです。

このように含みが多く、また若干くだけた表現ですので、使いこなすのは容易でありませんが、しかし、だからこそ、ここぞという場面で使うことができれば、強い印象を与えることができるマジックワードです。

その他にもいろいろと
論文等の文章でよく用いられる帰結の接続詞は、おおむね以上になります。

しかし、その他にも「そこから言えるのは」「以上から導かれる結論として」「これらの帰結として」 「このような理由から」のような接続語を豊富に作ることができますので、同じ接続詞が立て続けに何度も登場するという見苦しさが生じることはないでしょう。

また、文章を「〜から」や「〜ため」等で結ぶことによって、手短に帰結を示すことも可能です。

最後に
以上のように、多彩な語があるだけに、戦略的に使い分けることができる帰結の接続詞ですが、本当に大切なのは、その内容すなわち論理や論証であることは言うまでもありません。
いくらカッコよく接続詞を使いこなせても、肝心の内容がいまいちというのでは、本末顛倒です。

論理力・文章展開力を磨くことを第一に考えて、その一つとして、接続詞の適切な使い方があることをくれぐれも忘れないで下さい

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