主なターゲットとして、論理性が要求される文章、例えば論文やオフィシャルな案内文等を想定していますが、その他の種類の文章(小説、エッセイ、レポート、社内文書等)にもきっと役立つ内容だと思いますので、是非ご一読下さい。
今回は「けだし」を見ていきます。
けだし・思うに・なぜなら
接続詞?
タイトルを見て「けだし」は接続詞じゃないでしょ、と思った方も多いでしょう。たしかにそのとおりです。
実際、一般的な国語辞書で「けだし」は副詞とされています。
であるならば、ここで取り上げるべき単語ではないようにも思えます。
しかし、そもそも「接続詞」は、英語等の文法において接続詞とされている語に似た意味の日本語を無理に分類したもので、日本語文法に相応しい概念ではないのです。
ですから、「戦略の接続詞」では、一般的な日本語文法の分類とは異なり、文と文を一定の機能を持ってつなぐ語を広く「接続詞」と呼んでいます。
それでも、「けだし」は文と文をつなぐ語じゃないから、やっぱり接続詞じゃないじゃん、という方もいらっしゃるでしょう。ですが、続きを読んで頂ければ、「けだし」が広義の接続詞に含まれることが納得できるはずです。
瀕死の「けだし」
「けだし」という単語は、現代ではほとんど使われなくなっています。生まれてこの方一度も使ったことがないという人も多いと思います。
そこで、まず辞書で意味を引いてみましょう。
大辞泉〔第2版〕
「①まさしく。ほんとうに。たしかに。発語としても使う。②ひょっとしたら。もしや。」
広辞苑〔第7版〕
現在、耳にする「けだし」は十中八九この「けだし名言だ」ではないでしょうか。慣用句化していると言っても過言ではありません。
この「けだし名言だ」の「けだし」は、辞書の中の説明では「まさしく」「ほんとうに」の意です。
ですから、今日では「けだし」=「まさしく」というように捉えてる方が、かなり多いと考えられます。
ところが、ある分野では、これとは違う意味で、「けだし」がそこそこ使われています。
それは、法律の分野です。
法律の分野といっても、法文に「けだし」が登場するわけではありません。登場するのは、法律分野の一部の人が書く論文や判決文の中です。
最高裁HPで判決文の検索ができます。
それを使って、最高裁の判決文・決定文で、どのように「けだし」が使用されているか調べてみましょう。
なお、最高裁HPでは、全ての判決・決定が掲載されているわけではありませんので、今回の調査以外の使用例もあると考えられますが、語句の用法を調査するだけなので遺漏を気にかける必要はないでしょう。
平成で「蓋」「蓋し」の使用例はなし
「けだし」は、漢字では「蓋」あるいは「蓋し」と書きます。最高裁の判決・決定において「蓋」「蓋し」のいずれかが用いられているのは、最も新しいものでも昭和61年11月18日の判決です。
もう30年以上前ということになります。
十年一昔といいます。
三十年は随分昔ということになりますね。
というわけで、「蓋」や「蓋し」という表記の「けだし」は今日の用法とすることが困難ですので、調査の対象外とします。
使用例が多い「けだし」
一方、ひらがなの「けだし」は検索では1,000件近い数がヒットし、平成に入ってからもかなり多く使われています。それらをつぶさに調査することは到底不可能ですので、直近の20件を調査対象としました。
全体から見れば小さい数字ですが、この20件だけでも予想以上に興味深い結果が出ました。
最も近い使用例は、2011年7月15日です。
ですから、ひらがなの「けだし」も、30年とまではいきませんが、7年近く使用されていないことになります。
それ以前に遡っていくと、2011年にはこの他に2回、2010年7月に1回使用されています。これら計4回を<A>というカテゴリーに分類します。
その前の使用例は、少し飛んで2008年2月の1回です。この1回を<B>のカテゴリーに分類します。
そして、さらにその前の使用例となると随分と飛んで2003年4月ですが、ここからは、すごい頻度で「けだし」が登場し、2003年はその他にもう1回、2002年は11回あります。
調査した20件で一番古いのは平成13年10月25日のものですが(これらを<C>のカテゴリーに分類します。)、それ以前も頻繁に「けだし」が登場しています。
「けだし」の用法
それでは、20件の「けだし」の用法を見ていきます。まず<A>の4件ですが、すべて須藤正彦裁判官の意見の中で用いられているもので、その他の使用例はありません。
4件とも「……。けだし、……からである。」という使われ方です。
次に<B>の1件ですが、合議体による判決文の中で、「……、けだし当然というべきである。」というように使われています。
最後に<C>の15件ですが、合議体による判決文や個人の裁判官の意見など様々な場面で使われていますが、すべて「……。けだし、……からである。」という使われ方です。1つの判決文で複数使用されているケースもありましたが、それを含めて、例外なく「……。けだし、……からである。」という使われ方です。
<B>の「けだし当然というべきである」という用法は、上記の大辞泉や広辞苑の言葉ではどれもしっくり当てはまりませんが、「けだし名言だ」との「けだし」とほぼ同義で「当然というより他ない」ぐらいの意味だと考えられます。
<B>の1例を除く、<A>と<C>の19件は「……。けだし、……からである。」という用法です。
この用法の意味内容は、(1) (大辞泉の説明にある)思うに、(2) なぜなら、(3) ((1)と(2)の意味が複合して)その理由を考えるに、のいずれかだと推測されます。
軽々に結論するのは危険ですが、個人的な感覚としては、(2)の「なぜなら」以上の意味を有しているようには思えません。少くとも、これらの「けだし」を「なぜなら」に置き換えても、違和感は一切ありません。
つまり、判決文においては、辞書にはない「なぜなら」という意味で「けだし」が用いられるようになっていると考えられるのです。
なぜ、そして、いつ頃からこのような用法になったのかは丁寧な調査が必要ですが、1つの仮説としては次のようなものが考えられます。
なぜ「けだし」=「なぜなら」に?
もともとは、判決文の中で「けだし」は「思うに」の意味で使われていたと思われます。実際、昭和40年代の最高裁の判決文を無作為に選んで読んでみると、「……。けだし、……であろう。」といった用法も見られます。
しかし、判決文という性質上、主観が入った表現が許容される範囲は狭く、そのほとんどは理由づけの部分だと考えられます。したがって、主観的な意味が含まれる「思うに」の意の「けだし」が、次第に「なぜなら」の意に転化していったのだと推測できます。
そして、2003年頃に、裁判所として「なぜなら」の意味での「けだし」を使わない方針としたため、それ以降は判決文においても「けだし」の語を目にする機会が激減したのではないでしょうか。
過去の判決等を紐解いていけば、ほぼ間違いなく結論が出る研究テーマなので、どなたかに取り組んで頂きたいものです。私は、直近の20件で既に食傷気味なので(笑)
まあ、既に先行研究はありそうな気もしますが・・・
「けだし」は使っていいか?
以上により、理由はともかくとして、「けだし」がいつからか接続詞の「なぜなら」の意味を有するようになったということはご理解頂けたと思います。では、「けだし」を自身が作成する文章に使っていいのでしょうか。
結論としては、使うべきではないでしょう。
まず、法律関係以外の一般的な文章について言えば、読み手が、死語化しつつある「けだし」の意味内容を理解できない可能性が低くありません。他に適切な表現が見当たらないような語であるならともかく、言い換えに腐心するわけでもない「けだし」を使うのは不親切以外の何物でもありません。
法律関係の文章についてはどうでしょう?
特に司法試験や弁理士試験等で出題される論文の解答で使っていいかどうか悩ましいところでしょう。
これらの受験生は、判例もよく勉強しているため、「なぜなら」の意味で「けだし」が使われている文例に見慣れています。ですから、「けだし」という表現が自然と出てきてしまうかもしれません。
しかし、上の調査で判明したように、ここ15年の最高裁の判決や決定では、須藤正彦裁判官の意見以外で「けだし」は使用されていないのです。
使用しなくなっている時代の流れに逆らう必要はないでしょう。
「なぜなら」「なぜならば」や「その理由は」等の普通に用いられる語句を使えばいいのです。
「思うに」の意味
最後に、関連する「思うに」という語について簡単に見ておきましょう。まず、「思うに」というときの「思う」は「考える」と同義であると認識して下さい。
大辞泉では「考えてみるに。推察すると。」と、広辞苑では「考えてみるに。思いめぐらしてみるに」とそれぞれ「思うに」を説明しています。
論文では「〜だと思う」という表現は避けるように、という教育を受けてきたせいか、「思うに〜」も理知的な文書には不適当な表現だと認識している方もいらっしゃいますが、それは誤解なのです。
では「思うに」で何を「考える」かといえば、もちろん、それまでに書いていた内容についてです。
ですから、「思うに」という言葉には「そのことについて考慮してみると」ぐらいの意味があるのです。
つまり、前の文を受けて、後の文につなぐわけですから、「思うに」も広義の接続詞と言ってよいでしょう。
そういうわけですから、「思うに」も将来的には「なぜなら」の意味に転化してしまう可能性もなくはないでしょう。
実際、現状ですら最高裁の判決・決定において、低くない割合で「……。思うに、……からである。」の用法で使われています。
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