これに関して、いくつか誤解が生じているようなので、補足しておきたいと思います。
経緯
そもそもの争いの内容について、ごく簡単に説明すると、JASRACが音楽教室での楽曲の使用について徴収を始める意思があり、著作権等管理事業法(以下「管理事業法」)の規定に基づき文化庁長官に届け出を行いましたが、これに対して音楽教室側が反発し、現在東京地裁でその是非が争われている、というものです。各種メディアでかなり報道されていますので、詳しく知りたい方は検索してみてください。
対抗策の一つとして、音楽教室側の「音楽教育を守る会」(以下、「守る会」)が文化庁長官に対して、裁判所の判決が確定するまで使用料の徴収をしない旨の裁定を求めて申請しました。
その申請に対する裁定が3月7日にあったわけです。
結論としては、文化庁長官は、守る会の申請を認めず、JASRACは徴収を開始することが可能となりました。
報道では、具体的な裁定の内容にまで踏み込んでいませんので、多くの誤解が生じているようです。
そこで、内容の確認等をしながら、今回の裁定を正しく把握していきたいと思います。
【誤解1】行政は使用料徴収を是と判断した
守る会が文化庁長官に求めたのは「とりあえず判決が確定するまでJASRAC徴収はさせないで」ということであって、今回は徴収そのものの是非が問題となっているわけではありません。裁定では「(管理事業法の裁定制度は)使用料規程に関し、当該使用料規程に定める事項(「使用料の額」や「実施の日」等)について、利用者代表との協議が成立しない場合に、一方当事者からの申請に基づき文化庁長官がその事項を定めるに過ぎない制度である。すなわち、裁定制度がその判断の対象として予定しているところは、あくまでも使用料規程に定める事項にとどまり、(略)当該利用区分に係る個別具体の利用行為に著作権等が及ぶか否かの判断に立ち入ることはできないと考えられる」と述べられています
そもそも文化庁長官は行政庁であって、徴収の是非を決定する権限はありません。
最終的な判断を行うのは司法府の裁判所です。
【誤解2】文化庁長官はJASRAC勝訴を想定している
今回の裁定について、文化庁長官は裁判でJASRACが勝つことを想定しているから使用料徴収を容認したとする論調が見られます。裁定を読んでいなければこのような考えになってしまうのかもしれません。また、JASRAC憎しという気持ちもあるのでしょう。
しかし、これは感情論にすぎないと思います。
こういった主張は、文化庁長官がJASRACに有利な判断をしたことが、裁判所に影響を与えるであろうことを論拠としていますが、これまで見てきたとおり、両者の最大の争点である徴収の是非について今回の裁定では全く検討されていません。
さらに、仮に今回の裁定がJASRACに有利な見解だと捉えたとしても、そんなことは裁判所には関係がありません。裁判官は、訴訟当事者の言い分を聞いた上で、良心に基づいて判断するだけです。
今日まで、行政庁の言い分が通らなかった判決は山ほどあることを知っておくべきです。 裁定でも「裁定によって本件使用料規程の実施を保留しなかった場合であっても、そのことは、当該利用区分に係る個別具体の利用行為に著作権が及ぶことを公に認めるものではなく、この点については司法判断に委ねられるものである」とわざわざ説明されています。
【誤解3】徴収開始はJASRACが一方的に有利
誤解の中で最も多いのが、徴収の開始が認められたことは、JASRACに一方的に有利であって、教室側ばかり 不利益を被る、ということです。判決確定前に徴収ができるのは、JASRACにとって一方的に有利だと主張する声も聞かれます。この点について、裁定は次のように言及しています。
少し長いですが、引用します。
ちなみに、当該利用区分に係る個別具体の利用行為に著作権が及ぶか否かが最終的に司法判断により確定する時点で生じうる問題についても付言しておく。
裁定によって本件使用料規程が実施された後、最終的に司法判断によって当該利用区分に係る個別具体の利用行為に演奏権が及ばないことが確定した場合、その時点までの間に、使用料を支払う意思を有する音楽教室事業者等が相手方と契約し、使用料を支払っていた者との間では、相手方が徴収した使用料は、相手方が支払不能に陥らない限り不当利得として返還することにより精算が可能である(なお、仮に最終負担者が音楽教室の生徒である場合には、音楽教室事業者等はその負担者及び負担額を記録しておくといった対応が必要と考えられる。)。これに対し、申請人が求めるとおり、裁定によって本件使用料規程の実施を保留した場合には、司法判断の確定までの間は、演奏権が及ぶことを争う者についてはもちろんのこと、使用料を支払う意思を有する音楽教室の事業者等についても、相手方は本件使用料規程に基づく使用料の徴収ができない。さらに、仮に最終的に司法判断によって当該利用区分に係る個別具体の利用行為に演奏権が及ぶことが確定した場合においても、その時点までの利用については、著作権者等はその対価を得ることは困難となる。
しかし、「ちなみに、・・・付言しておく」という文言が示すように、これは付随的な説明に過ぎません(主な理由は、もっとテクニカルなものです。)。
それはさておき、ここで述べられているのは、判決確定後の「精算」の話です。
徴収の開始が認められた場合と認められなかった場合とを比較して、ちゃんと精算ができるのはどちらかを予想しているのです。
徴収の開始が認められた場合、音楽教室側はJASRACに請求すれば、支払ってしまった金銭を取り戻すことができます。おそらく、JASRACは簡単な手続で返還できるよう取り計らうでしょう。
逆に、徴収の開始が認められなかった場合、現状で支払いの意思がある音楽教室からも徴収ができないということになります。
また、裁判でJASRACが勝訴すれば、理論的にはJASRACは管理事業法上徴収が可能となった時から判決確定までの使用料も徴収できることになりますが、現実にその期間の使用についての徴収は難しいでしょう。音楽教室の数は多いですし、各音楽教室がどんな曲をどれだけ演奏したのか事後的に確認するのは不可能に近いからです。
ですから、徴収の開始が認められなかった場合、精算は事実上できないのです。
要するに、徴収の開始が認められなかった場合はJASRACが一方的に不利益を被る可能性があるのに対して、徴収の開始が認められた場合は一時的には音楽教室側が損をしたように見えても、きっちり精算できるのです。
現実的にはJASRAC有利か…
多くの人と同様に、私もJASRACは好きではありませんし、気持ち的には音楽教室側に与したいです。しかし、だからといって、今回の裁定を捉えて文化庁やその長官がJASRACの味方だというのは、軽率あるいは曲解が甚だしいと言わざるを得ません。
そのような誤った認識に立脚すれば、真っ当な議論が不可能になってしまい、結果的に文化の発展に悪影響を及ぼすでしょう。
さて、今後の展望ですが、率直に言って、基本的には教室側に厳しい状況だと思います。
著作権法の条文解釈的にはもちろん、他人が作った曲を使って利益を得ているのだから利益を還元しろ、というのは筋が通っていると思います。
教室側は文化の発展という著作権法の目的を絡めて様々な方向から、徴収の非理を訴えるでしょうが、裁判所に認めてもらうのは容易でないでしょう。
著作権法の専門家の多くも、心情的には音楽教室側に頑張って欲しいと思いながらも、現実は容易ではないと考えているようです。
いずれにせよ、この争いは十中八九、最高裁までもつれるでしょう(最高裁が受理するか否かはわかりませんが)。
しっかりマークしていきたいと思います。
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